【宇和島名物!!】牛鬼伝説の深淵に迫る・・! <2>

さん、こんにちは。ARSARです。

さて、宇和島名物「牛鬼」、後半戦と参りましょう。

 

昔、宇和島で暴れていた牛鬼と喜多郡河辺村(現在の大洲市)の山伏が対決し、山伏が牛鬼の眉間を剣で突き、体をバラバラに切り裂いた。

切り裂かれた体からは、7日7晩に亘って血が流れ続け、その血は高知・徳島・香川にまで達し、それぞれの場所で淵となった。

これらの淵は、現在でも「牛鬼淵」として伝えられている。

 

8月26日の記事のコピペです、はい。


気付いたあなたは、
「南予にきさいや」の大ファンです。(断言)

 

ushioni1_R261008.jpg

 

前半戦に引き続き、「牛鬼」の絵が出てきました。

この絵を見て、「ん?」とか、「あれっ?」とか思った方、いらっしゃいますか?


はい、この絵は
「牛鬼」の絵ではなく、「牛鬼祭り」の絵です。

「練り歩いている牛鬼の足の数」÷2 =「牛鬼に扮している人の数」です。

面倒臭いので数えてません。

足の数が分かった方、コメント欄に解答をお願いします。(笑)

ushioni2_R261008.jpg

こちら、宇和島市の道の駅「きさいや広場」に展示されている「牛鬼」です。

「双子ですか?」と聞きたくなるくらい、似てますねぇ。

 

ちなみに、8月26日の記事のコピペに登場する牛鬼の姿は、以下のとおりです。

 


 愛媛県に現れた牛鬼は、龍の頭に鯨(くじら)の体だったという。

 

鯨の体がこんなに毛深いかどうかは別として、伝承の姿をしっかりと受け継いでいるようです。

 

さて、ここまで読んで頂いた方々の頭の中には、こんな疑問が湧いたのではないかと思います。

 

Q.

宇和島の人々を苦しめていた「災厄」だった牛鬼が、現在、あちらこちらで祀られたり、宇和島祭りの主役になってたりするの??

 

A.
古来、日本には「退治した災厄を封印の意味を込めて神聖化する」という文化があり、牛鬼を守り神として祀る(→
祭る)ことで、他の災厄を祓う存在としたわけです。

 

という理由です。聞かれもしないのに答えましたけど。()

 

以上をもちまして、宇和島名物「牛鬼伝説の深淵に迫る・・!」シリーズを完結させて頂きます。

 

(おことわり)

 今回の記事につきまして、「ブログの記事なのに、画像が少ない!(怒)」という苦情は、スルーしますので、悪しからずご了承下さい。(笑)

 

ARSARでした。


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